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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)74号 判決

控訴人 愛知マツダ株式会社

被控訴人 池本滋

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対しマツダ号自動車一台(自動車登録番号名古屋五一せ九六九五)を引渡し、かつ、金一五万〇、五〇〇円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審(差戻前後とも)を通じて被控訴人の負担とする。

本判決は控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は控訴の趣旨として「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対しマツダ号自動車一台(自動車登録番号名古屋五一せ九六九五)を引渡し、かつ金二七万五、〇〇〇円(内金二一万五、〇〇〇円は当審での請求拡張分)を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は当審で拡張された請求をも含めて控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

(控訴人の陳述)

一  昭和四四年二月二〇日に控訴人は被控訴人に対し控訴の趣旨第二項掲記の自動車一台を代金三九万円で売渡し、直ちに被控訴人に引渡した。右売買代金の支払に関し控訴人被控訴人間で次のとおり契約した。

(1)  売買代金三九万円のうち金一一万円については下取車をもつて弁済に充当する。

(2)  被控訴人は昭和四四年三月二七日までに訴外株式会社名古屋相互銀行五月通支店(以下「銀行」という。)より金二八万円を借受けて控訴人に支払う。

(3)  控訴人は被控訴人の右銀行に対する債務につき連帯保証する。

被控訴人は右保証により将来発生することあるべき求償債権を担保するため右自動車の所有権を控訴人に譲渡する。

(4)  被控訴人が右売買代金の支払をしないときは控訴人は直ちに右売買契約を解除することができる。

二  もつとも被控訴人の銀行借入手続については控訴人がこれを代行することになつていたが、控訴人は昭和四四年三月一〇日頃までに右借入代行手続の一切を完了し、あとは被控訴人が自ら銀行に出向いて金銭消費貸借契約書に押印さえすればよいようになつていた。

三  そこで控訴人は同年同月中旬以降再三にわたり被控訴人に対し右銀行に出向いて、金銭消費貸借契約書に押印して借入手続を完結し、借入を受けて控訴人に残代金を支払うよう催告したが、被控訴人は同年同月二七日の弁済期日までに右借入手続をなさず、控訴人に対し残代金を支払わなかつたものである。

四  その後も控訴人は被控訴人に対し、再三再四にわたり残代金の支払方を催告したが、履行がないから控訴人は昭和四四年一〇月一三日本件訴状をもつて前記自動車売買契約解除の意思表示をなし、右訴状は同年一一月一日被控訴人に送達せられた。

五  仮に前記催告の主張が認められぬとしても、被控訴人が残代金を支払わぬときは本件売買契約は催告なしで直ちに解除できる旨の明示又は黙示の特約が当事者間にあつた。すなわち、本件契約は被控訴人が下取車の価額を弁済に充当した残金を、控訴人の保証の下に銀行から借入れて控訴人に支払うのと引換に、本件自動車の引渡を受けるいわゆる銀行ローン方式による自動車売買契約であり、本来現実売買に均しいものであつた。しかし被控訴人が直ちに銀行借入れをして控訴人に支払う旨確約したので、控訴人は被控訴人を信頼して代金決済に先立ち本件自動車を被控訴人に引渡したものである。

右事情にてらすと、被控訴人の残代金不払のときには何らの催告を要せずに、控訴人は本件売買契約を解除し得る旨の特約が、明示又は黙示的に控訴人被控訴人間で成立したものとみるのが相当である。

六  仮に右特約の存在が認められない場合でも、控訴人は自動車販売を業とする会社であり、被控訴人は鉄工業者であつて、本件売買契約は商人間の売買契約であるところ、前記のように本件売買契約は本来現実売買に均しい契約であるのに、控訴人が被控訴人の約束を信じて代金完済前に車を被控訴人に引渡した事情が存するのに、被控訴人は銀行借入手続の完結を契約時から本訴提起のときまで八ケ月余にわたつて拒絶していたものである。上述した本件契約の性質ならびに、契約締結後の事情にてらすときには、控訴人は信義則上、何らの催告を要せずして本件売買契約を解除し得るものと解するのが相当である。

七  いずれにせよ本件売買契約は有効に解除せられたので、控訴人は被控訴人に対し、原状回復のため本件自動車の引渡しを求める。

ところで本件自動車は今なお仮処分中であるが本訴提起後四年半余経過した昭和四九年四月二三日現在ではもはやスクラツプ値段で五、〇〇〇円の値打しかない。よつて本件売買代金三九万円より右五、〇〇〇円と下取車による入金一一万円とを控除した残額二七万五、〇〇〇円が、本件売買契約解除により控訴人の蒙つた損害である。よつて控訴人は被控訴人に対し、右損害の賠償を求めるものである。

八  被控訴人が前に本件自動車売買契約の成立を認めていたのに、後になつて右契約の成立を否認し或いは停止条件付売買契約である旨反駁するのは自白の撤回であるから、控訴人は異議を申立てる。

(被控訴人の陳述)

一  被控訴人は当初控訴人の陳述記載の事実中被控訴人が控訴人主張の自動車を控訴人主張の如き条件(但し一の(4) の条件を除く)で買受けたこと、残代金二八万円を支払わなかつたことは認めるが、他は争う、とこたえていたが、昭和四九年六月三日の差戻後の当審口頭弁論期日で、従前控訴人が本件売買契約の成立を認める旨の陳述をしたのは錯誤にもとづくものであり、かつ、その内容も真実に反するから右陳述は撤回すると述べたうえ、本件自動車売買契約書(甲第一号証)第六条には「買主が自動車の引渡しを受けた場合はその車の完全性を確認し、爾後その車の瑕疵を主張し得ない。」旨定められているが、性質上、瑕疵を帯びやすい中古車の取引において、前記契約書第六条の条項の適用を許すためには、買主に十分な点検の機会が与えられなければ不合理なことになる。この点から考えると、本件契約書(甲第一号証)作成の段階では売買契約は成立しておらず、将来被控訴人が車の完全性を確認した段階ではじめて成立に至るべきものであるが、本件の場合被控訴人による車の完全性の確認はついになされずに終り、本件売買契約は成立に至らなかつたものである。仮に然らずとするも、本件契約書(甲第一号証)作成の段階では、本件契約は被控訴人による車の完全性確認を停止条件として成立したものとみるべきところ、右停止条件成就の事実につき控訴人より主張立証がないから、右契約の効力が発生したとはいえない。仮に然らずとするも、前記契約書の趣旨からすると、少なくとも代金支払義務は被控訴人による車の完全性確認の時点ではじめて発生するものとみるべきところ、右確認の事実につき控訴人より主張立証がない。

二(一)  本件自動車には数々の欠陥があつたため、昭和四四年三月二二日、当事者双方は本件売買契約を合意解除し、被控訴人は控訴人から下取車の返還を受けるのと引換に、本件自動車を控訴人に引渡し、被控訴人は右同日まで本件自動車を使用したことによる損害金を控訴人に支払うことで本件を解決することに合意した。よつて控訴人がその後に解除の意思表示をしてもその効力はない。

(二)  本件売買代金支払のための銀行借入れについては、これに先立ち、控訴人が右借入手続を代行する債務を負つていたところ、控訴人は右債務を履行しなかつたものであるから、被控訴人が銀行借入れをなさず本件残代金を支払わなかつたことにつき遅滞の責は負わない。けだし前示のとおり本件売買契約は合意解除されていたので、当事者双方ともに銀行借入れの手続を進めなかつたというのが真相である。

(三)  仮に控訴人主張の解除が認められる場合でも、右解除による損害額算定方法に関する控訴人の主張は正しくなく、本件解除により控訴人は損害を蒙つていない。

すなわち、原審鑑定の結果によると、本件売買契約解除当時の本件車の価額は二五万四、〇〇〇円であり、当時本件車を通常の方法で使用した場合の月々の価額落ちは八、〇〇〇円であるとされているから、右車の売買当時の客観的価値は、前記二五万四、〇〇〇円に五ケ月分の価額落ち計四万円を加算した二九万四、〇〇〇円とみるのが相当である。ところが本件解除の結果控訴人は二五万四、〇〇〇円の価値ある本件自動車の回復を受ける外、下取車の価額一一万円を維持保存するものであるから、その合計は三六万四、〇〇〇円となり、差引き七万円の利得で損害は全然蒙つていないことになる。よつて控訴人の損害金請求は失当というべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一1  昭和四四年二月二〇日に控訴人が被控訴人に対し、本件自動車を代金三九万円で売渡したこと、右代金の支払につき右当事者間で控訴人の陳述一の(1) ないし(3) の契約が成立したことは当事者間に争いのないところである。

2  もつとも、被控訴人は前に右事実を自白しながら後に右自白を撤回し、被控訴人が本件自動車の完全性を確認しなかつたから、本件自動車売買契約は成立に至らなかつたものである。仮に成立したとしても被控訴人が車の完全性を確認することを停止条件とする停止条件付売買契約として成立したに過ぎぬ旨主張している。

しかしながら原審、差戻前の当審、差戻後の当審における各被控訴本人尋問の結果中被控訴人の右主張に副う如き部分は、原審、差戻前の当審、差戻後の当審における各証人因田幹弘の各証言、成立に争いない甲第一号証にてらし措信し難い。右甲第一号証第六条には被控訴人の援用するような文言があるけれども、そのような文言があるからといつて、被控訴人のいうように、被控訴人が車の完全性を確認するまで売買契約は成立しないとか、控訴人が車の完全性を確認することを停止条件とする契約として成立したと解すべき理由はないし、又、そう解しなければ不合理であるという理由もない。その他被控訴人の自白が真実に反することを認め得るような資料もないから被控訴人の右自白の撤回は許し難いものである。

なお、前記のとおり前出甲第一号証第六条には、被控訴人の主張するような文言があるけれども、そのような文言があるからといつて、本件自動車の安全性を被控訴人が確認するまで本件売買代金支払債務が発生しないと解さなければならぬ理由はない。

二  被控訴人は、本件売買契約は昭和四四年三月二二日に合意解除された旨主張し、原審、差戻前の当審、差戻後の当審における各被控訴本人尋問の結果中には、被控訴人の右主張に副うような部分もあるが、右は後記諸証拠にてらし措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。却つて原審、差戻前の当審、差戻後の当審における証人因田幹弘の各証言、差戻後の当審における被控訴本人尋問の結果の一部によると、被控訴人は本件自動車に故障が多い旨を主張して本件売買契約の合意解除方を申入れたが、控訴人側が承諾しなかつたので解除契約は成立するに至らなかつたことを認め得るものである。よつて被控訴人の合意解除の主張は理由がない。

三  ところで、本件自動車の残代金二八万円を、被控訴人が昭和四四年三月二七日までに銀行から借受けて控訴人に支払う約束であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に各争いない甲第二、第三、第九号証、原審証人因田幹弘の証言、これにより成立を認める甲第四号証、差戻後の当審証人因田幹弘の証言、同じく被控訴本人尋問の結果の一部によると、右銀行借入申込手続を控訴人が代行して同年三月七日になし、後は被控訴人が銀行に出向いて消費貸借契約書に押印さえしてくればよい段階に達したのに、被控訴人は控訴人ならびに銀行よりその旨の連絡および催告を受けながら、本件自動車の整備状況に対する不満から、右銀行に出頭して借入手続を完了させることを怠り、かつ、昭和四四年三月二七日の代金支払期日迄に、本件自動車残代金の支払をしなかつたことを認め得るものである。原審、差戻前の当審、差戻後の当審における各被控訴本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は、前記認定に援用の諸証拠にてらし措信し難く、成立に争いない乙第一号証も右認定を左右するに足らず、他に右認定に反する証拠もない。そうすると、被控訴人は本件契約上の債務の履行を遅滞したものというべきである。

四  次に控訴人が被控訴人の右履行遅滞を理由として、本件自動車売買契約を解除する旨の意思表示を本件訴状によつてなし、右訴状が昭和四四年一一月一日被控訴人方に送達せられたことは本件記録上明白なところである。

控訴人は、被控訴人が履行遅滞におちいつた後に、再三履行方を催告した旨主張するが、原審、差戻前の当審、差戻後の当審における証人因田幹弘の各証言中その趣旨の部分はにわかに措信し難く、他に右事実を認め得るような証拠はない。

控訴人は本件自動車売買契約の締結に際し、被控訴人が売買代金の支払をしないときには、(催告なしで)直ちに売買契約を解除し得る旨の特約をしたと主張するが、右主張事実は前出甲第一号証、原審、差戻前の当審、差戻後の当審証人因田幹弘の各証言によつても認め難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。本件自動車売買契約が、いわゆる銀行ローンによる代金支払の条項を含んで居り、代金額もローンにより即時支払のなされることを前提として決定されていることは控訴人の主張するとおりであるけれども、被控訴人の代金支払の遅れた場合は約定の代金額の外に相応の遅延利息を徴収することもできる訳であるから、この場合、催告なしで直ちに契約を解除できるとしなければ不合理な事態になると即断することはできない。それゆえ、ローン方式の売買契約であることを理由に、無催告解除の特約が当然にともなつていたものと推断することもできない。

又、本件契約はローン方式なのに、代金完済前に車の引渡しのなされていることは、被控訴人の明らかに争わぬところであるが、差戻前の当審証人因田幹弘の証言によると、このようなことは自動車取引上通常行なわれていたことが認められるので、特にこの場合無催告解除の特約が存したことを推認させるには足らぬものである。その他控訴人の主張する無催告解除の特約の存在を認め得るような資料はない。

五  このように本件当事者間に無催告解除の特約があつたとは認められないが、後記認定の諸事実にてらすときには、信義則上控訴人が催告なくして本件契約を解除し得るような特殊事情があつたものと認むべきである。

すなわち成立に争いない甲第一〇号証、前出同第一ないし第四号証、同第九号証差戻後の当審における証人因田幹弘の証言により成立の認められる甲第六ないし第八号証原審証人酒井憲繁の証言、原審、差戻前の当審、差戻後の当審における証人因田幹弘の各証言、同じく被控訴本人尋問の各結果、原審鑑定の結果を総合すると次の諸事実が認められる。

(一)  控訴人は自動車販売業を営む会社であり、被控訴人は鉄工業者である。

(二)  控訴人は本件自動車代金三九万円のうち、被控訴人からとつた下取車の価額一一万円を弁済に充当した残金二八万円は、いわゆる、銀行ローンの方式により支払を受ける約束で、本件自動車を被控訴人に売渡した。

(三)  被控訴人は右下取車を控訴人に引渡した後、右銀行ローンに所要の書類一切を控訴人に交付して、借入申込手続の代行方を控訴人に依頼し、控訴人のなすべき代行行為の終り次第被控訴人が銀行へ赴いて金員を借入れ、控訴人に支払をなす旨約したので、控訴人は右誓約を信じ、かつはこの種取引の慣例にしたがつて、残金支払前に本件自動車を被控訴人に引渡しかつは右銀行借入手続の代行方を完了した。

(四)  右引渡し後、被控訴人は中古車である本件自動車に種々整備不良個所がある旨を申立て、控訴人はこれに応じ、昭和四四年二月下旬から同年三月下旬にかけて、三回に亘り修理調整をしたが、被控訴人は満足せず、同月下旬頃車の整備不良を理由に控訴人に対し、本件契約を合意解除し、被控訴人は本件自動車を控訴人に返還し、控訴人は下取車の価額一一万円から本件自動車の一ケ月間使用による損害金三万円を控除した残額八万円を被控訴人に返還して、一切精算ずみとすべきことを申入れたが、控訴人の受入れるところとならなかつた。(ちなみに前出鑑定書によれば昭和四五年一二月八日の鑑定時において同車の欠陥個所が、ブレーキ左右の調整不備による片効き、ヒーター関係の配線不備、左後輪のタイヤ不良又はホイールデスクの歪み、と認められるが、一方前出甲第一〇号証によれば本件車が仮処分により執行官の保管となつた際の同車の走行キロメートル数が九、一〇四キロメートルを示していることから考えると、被控訴人は少なくとも右修理後右仮処分時まで本件車を運転し相当距離走行していたことが推認されるから、右鑑定時における右故障個所が最後の修理完了時に現存していたと即断することはできない。)

(五)  そのころ銀行の方から被控訴人に対し銀行ローンをどうするかと問合せがあつたが、被控訴人は銀行に対し、契約が破棄になつたからローンは不要になつた旨返事し、控訴人に対しても車の故障が直らぬ以上、代金は支払わぬ旨伝えた。

(六)  同年八月二一日仮処分執行により本件自動車は執行官の占有に移されたが、その後も控訴人は本件自動車代金を支払わず、同年一〇月一三日に本訴が提起された。

以上のとおり認められる。右認定に援用の各証言、各本人尋問の結果中上記認定に抵触する部分は措信し難く、他にこれに反する証拠もない。

上記によると本件契約は商人間の売買契約であるが、被控訴人は既に本件自動車の故障を理由に本件契約の合意解除方を申出で、かつ、代金支払の意思なきことを明言して居り、その後八ケ月の間、その間仮処分執行を受けるなどのこともありながら、依然として代金を支払わぬ状況にあつたのであるから、控訴人が被控訴人に対し、弁済方を催告したとしても、被控訴人がこれにより態度をかえて催告に応ずることはもはや期待し得べくもなかつたことはけだし明白といわなければならない。

而も被控訴人が代金支払拒絶の理由としている本件自動車の整備不良が昭和四五年一二月八日の本件鑑定時においてさえ、それ程顕著なものと思われないことは前に説示したとおりであるし、まして、被控訴人が控訴人による修理整備後本件仮処分執行に至る間、相当距離を走行している事跡にてらすと、控訴人による修理整備の終つた段階での瑕疵の程度は本件鑑定時よりもさらに軽微なものであつたことを推測することができる。そこで上記の諸情況を総合するときには被控訴人は本件自動車の走行には支障のないような軽微な整備不良に藉口して代金支払の延引をはかつたとみられてもやむを得ないものといわなければならない。このような場合にも催告がないと解除の効力が発生しないと解するのは却つて契約当事者間の衡平を失し信義に反するから、かかる場合には催告なくして契約を解除し得るものと解するのが相当である。そうすると、本件契約は有効に解除されたものであり、被控訴人は控訴人に対し原状回復として本件自動車を引渡したうえ、解除による損害を賠償すべき義務がある。

六  そこで、損害額につき考えるに、本件自動車の控訴人より被控訴人への売渡価額が三九万円であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いない甲第一〇号証、原審鑑定の結果、差戻後の当審証人河野幸敏の証言、これにより成立を認める甲第一一号証によると、本件自動車の市場価額は、本件契約解除の約二ケ月前の昭和四四年八月二一日当時で二五万四、〇〇〇円、同四五年一二月八日当時で一二万九、〇〇〇円であつたが、最近の昭和四九年四月二三日当時にはスクラツプ値段で五、〇〇〇円の価値しかないこと、本件自動車は昭和四四年八月二一日以後仮処分決定の執行により執行官の占有下に移され、使用しないことを条件に控訴人の保管に委ねられて現在に至つていることが認められ、他にこれに反する証拠もない。

ところで、古い年式の車は次第に需要が減少するので、たといその間使用しなくても年々取引価額は下落するし、特に法定償却期間を過ぎると部品の備畜も少なくなることもあつて、遂には屑鉄としての市場価額しか有しなくなることは前記証人河野幸敏によつても認め得るところである。それゆえ本件自動車の引渡が遅延する間に生じた、右の理由による値下りは、なお本件解除による当然の結果として損害の中に含まれるものと解するのが相当である。

本件自動車が昭和四四年八月二一日以後使用されていないことは前示により明らかであるから、同日以後の価額の減損は、すべて右の理由によるものといわなければならない。

そうして右の理由による価額の減損のあるべきことは、自動車販売業者である控訴人は勿論、原審における被控訴本人尋問の結果によりカーマニヤであると認められる被控訴人においても熟知していたものとみるのが相当である。それゆえ、本件自動車が仮処分決定の執行により執行官の占有に移されて相当期間を経過した場合は、控訴人も被控訴人もすべからく民訴法七五〇条四項又は自動車及び建設機械強制執行規則第一六条の二の各準用による換価手続の申立をなし、もつて損害の拡大を防止すべき義務あるものといわなければならない。

上記を総合するに、本件解除により控訴人の蒙つた損害額は、本件自動車の売却価額三九万円よりその現在価額五、〇〇〇円と下取車の価額一一万円とを控除した残額二七万五、〇〇〇円というべきである。

被控訴人は、本件自動車の売却価額三九万円は、当時の客観的価額をこえるものであるから、右価額を損害額算定の基礎資料とするのは不合理である旨反駁する。しかしながら、仮に右売却価額が売買当時の客観的価額をこえるものだとしても、右超過分は控訴人の本件売買についての経費および利潤として控訴人に帰属するはずであつたのに、控訴人の債務不履行にもとづく契約解除のため、控訴人はこれを失なつたのであるから、右部分も解除による損害額に含めて請求するのは当然のことであり、被控訴人の右主張は採用し難いところである。

七  しかしながら右損害額のうち、本件仮処分執行時以後の値下りによる損害額(二五万四、〇〇〇円と五、〇〇〇円との差額である金二四万九、〇〇〇円)は、前記のように控訴人および被控訴人が換価手続の申立を怠つたことにより拡大した損害というべきであるから、控訴人の右過失を職権をもつて斟酌することとし、その半額の一二万四、五〇〇円を控訴人に負担させるのが相当である。そうすると被控訴人が控訴人に対し支払うべき損害金額は二七万五、〇〇〇円から一二万四、五〇〇円を控除した残額一五万〇、五〇〇円となる。

八  以上のとおりとすると、被控訴人は控訴人に対し、本件自動車を引渡し、かつ、金一五万〇、五〇〇円を支払うべき義務があり、これが履行を求める控訴人の本訴請求は右限度で正当で、他は失当である。そこでこれと一部結論を異にする原判決は主文のとおり変更することとし、民訴法三八六条、九六条、九二条但書、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 夏目仲次 菅本宣太郎)

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